「運動の目的は運動すること」

更新日:11月18日



はじめに


こんにちわ、爪川です


このブログ更新は久しぶりですが、今回は「運動の目的とは?」について自分の考えを書いてみたいと思います


結論から言ってしまうと、「運動の目的は運動すること」でもいいのではないかと思っています


「運動の目的は運動すること」




さて、「運動の目的は運動すること」というのは一見では意味がわからないですし、運動という手段が目的化しているようにも見えます


今まで定期的な運動をしていない方が運動をしようとする際、その目的は以下のものが多いです


・痩せるため(ダイエット)

・健康のため

・足腰や体幹を強化する為


これらの目的達成の為の手段として運動という選択肢を取るので、「運動は目的でなく手段」という形になります


これはこれで否定するわけではありませんし、しっかりとした目的があった方が運動の励みになる場合もあります


ただ、私としては別にしっかりとした目的がなくても「運動をすること自体を目的にしてもいいのではないか」と考えています


私がそう考える理由は「人体の構造と現代社会の構造」にあります



人の身体は数百万年という進化の歴史の中で今の形態や機能になってきました(人は今も進化中なので数万年後には全く違う形になっているかもしれません)


人の身体が進化していく中で、その前提となっているのは「人は常に動く」ということです


狩猟の時は山道を長時間歩き、農作業の時は屈んだり作物を持ち上げます


外敵から逃げる際は走り、果実を取る時は木に登ったり手を目一杯伸ばします


人が現代社会の生活をするようになったのはせいぜい数百年ですが、それまでの人は上記のように常に動きながら生活をしており、「動く」ということが人体の構造と機能の進化の前提になっていました


ですが現代社会では「人は動かなくてもいい」構造になっています


移動は車や電車で出来ますし、外敵から逃げる必要も基本ありません


物は軽量化しますし、テーブルや台などは人の手の高さ程度に設計されています


これらの現代社会の進化が悪いわけではありませんが、「人は動く」という前提とは相反します


それゆえに例えば以下のようなことが起こります


・ふくらはぎがむくむ

→本来は歩くことでふくらはぎの筋肉を使い、重力によって下に溜まった血液を心臓に送り返してくれます。歩かない、ふくらはぎの筋肉を使わない状態が続けば、血液はどんどん下に溜まっていきむくみ感や疲労感、痛みにつながります


・扁平足になる

→本来は足首や足の指などは非常に柔らかい構造を持っているので、草むらや山道、河原など凸凹の道でも柔軟に対応できます。ただ、アスファルトで舗装された平坦な道を平坦な靴で歩くようになるとその足首や足の指の柔軟性が衰えて、扁平足やハイアーチ、外反母趾、足底筋膜炎などにつながります


・肩や首が痛い、しびれる

→PC作業ではスクリーンを顔に近づけるわけではなく、顔をスクリーンに近づけます。この姿勢を維持すること自体で肩や首にも過剰な負荷がかかります。肩や首周りを動かさないことでも血流が悪化し、痛みなどを感じやすくもなります


・腰が痛い、しびれる

→腰骨の間にある椎間板には多くの水分があります。ただ、この水分はずっと同じ姿勢(座るなど)が続くとどんどん椎間板から出ていってしまいます。水分を失った椎間板は本来の役目である衝撃の吸収や運動の補助などが行えず、腰の痛みやヘルニアなどにもつながりやすくなります



これらはほんの一例ですが、「現代社会の構造は人体の構造や前提の上に成り立っているわけではない」ということは言えます


もちろんですが、だからと言って現代社会を捨てるわけにはいきません


それゆえに運動が必要です


現代社会の生活で補いきれない人体の構造と機能の前提である「動く」事を行うために運動する


つまり「運動の目的は運動すること」になるかと思います


もちろんダイエットや筋力強化という目的を否定するわけではありません


ですが、特にこれといった目的がなくても難しく考えずに「運動する事自体が目的」でもいいのではないかと思っています


ご精読ありがとうございました


#運動

#現代社会

#社会

#進化

#人類

#人

#トレーニング

#目的





閲覧数:24回0件のコメント

最新記事

すべて表示